廃線脇の藪

 これは、私が小学校低学年だった頃の話です。いちおう、小説ということにしておきましょう。ええ、作り話です。

 ご存じの方もいると思いますが、私はS県のO市出身です。実家の近所にはK鉄道が走っていました。もっとも、その路線は私が生まれた年に廃線になったそうです。けれども、当時はまだ赤錆びたレールが残されていました。今でも都会とはほど遠い地方都市ですが、私の生まれ育った地域にはほんとうにのどかな田舎の風景が広がっていました。

 その日は学校の授業が午前中だけで、私は昼過ぎには帰宅していました。当時よくいっしょに遊んでいた友人がやってきて、線路を辿って隣町まで行ってみよう、と言い出したので、特にすることのなかった私たちは、いっしょに線路を歩いていきました。隣町まではせいぜい数キロメートル程度のはずですが、小学生にはちょっとした冒険です。

 天気はよく、暖かく晴れていました。線路の周りは大人の背丈ほどの藪で覆われています。人の声も自動車の音も聞こえず、ただ私たちが砂利を踏む音と、時おり風が吹き抜ける音が聞こえるだけでした。その時、少し前を歩いていた友人が急に立ち止まりました。
「何、あそこ?」
 友人が指差した先はただの藪でしたが、すぐにその意味がわかりました。見た目はただ雑草が生い茂っているだけの藪なのですが、なんというか、異様なのです。そこだけ空間がゆがんでいるというか、様子が尋常ではありませんでした。よく見ると、すっかり枯れた花束がささったままの竹筒が何本か倒れています。誰かが花を供えたのでしょうか。そこは本当に、何もないところなのです。周りは山林と田畑ばかり。民家はおろか、道路すら付近には見あたりません。お地蔵様だとか祠だとか、そういうものは一切なく、ただ花を供えた形跡だけが、何かに荒らされていたのです。

「あれ、直したほうがいいよね?」
 同感でした。なぜだか、そのまま放っておくのはとてもいけない気がしていたのです。けれど正直言って、そこには絶対に近づきたくありません。二人でしばらく突っ立ったまま、黙り込んでいました。

 突然、あたりの空気が変わるのがはっきりと分かりました。一瞬のうちに季節が変わったかのように空気が冷たくなりました。全身が総毛立ちました。今までにいくつかの恐怖体験をしましたが、あれほどの恐怖を感じたのは、思い返してみてもあのときだけです。
「まずい!まずい!」
 恐しさよりも、そこにとどまってはいけない、という本能のような強い衝動が私を動かしました。踵を返して一目散に駆け出そうとしたとき、友人がフラフラと藪に近づいていくのが見えました。
「何してるの!?」

 私は驚いて叫びましたが、友人にはまるで聞こえていないようでした。すでに魅入られていたのでしょう。友人を引っ張るために駆け戻るか、友人を置いて逃げるか、私は一瞬ためらいましたが、恐怖に突き動かされて走り出しました。夢中で走って、走って、気がつくと自宅近くの見慣れた景色の中に立っていました。私はようやく落ち着きを取り戻すとともに、残してきた友人が心配になりました。

 日が暮れるまで、私はそこで友人が来るのを待っていたはずです。けれども彼女の姿を目にすることはありませんでした。母が私を見つけて迎えに来、私は家に帰りましたが、彼女のことは黙っていました。線路を歩くことは学校から禁止されていたからです(あとになって知ったのですが、変質者が出たことがあったそうです)。

 彼女はそれきり姿を消してしまいました。翌日に全校集会があったこと、すぐに集団下校させられたことは覚えています。彼女とはよく遊んでいたので、私もいろいろ聞かれたはずですが、何と説明したのか思い出すことができません。

 その出来事から数年後、線路は撤去され、現在は県道になっています。姿を消した彼女の一家はすぐに引っ越してしまったそうで、今となっては連絡先もわかりません。ただ、彼女の親族には、ひと言、謝罪の言葉を伝えたい。真実を話したい。そういう思いが、年を経るごとに強くなってきているのです。もし、この文章を親族の方がご覧になったのであれば、 ryecroft21@mstdn.maud.io まで連絡をいただければ幸いです。


これは ryecroft Advent Calendar 2018 17日目の記事です。