第九夜 防寒ブーツ

 雪が降っている。
 天空から舞い落ちてくる白い花片のように。
 アスファルトの上に舞い降りて、
 音もなく溶けていく。

 雪のせいで防寒ブーツがよく売れる。在庫はみるみる減っていく。
 やがてそれも一段落。客が途切れ、ほっとひといき。
 国道から聞こえてくる、しぶきを上げて走る車の音。
 この辺の雪は、アスファルトの上ではすぐに溶けてしまう。それとは対照的な、北国の雪を描いた魯迅の『雪』を思い出す。さらさらとした雪も、ボタボタした雪も、雪には違いない。
 だが、その差異が人々に与える影響は大きい。すぐに消え去る雪を見る南国の人々は、そこに世の無常を見いだすことだろう。冬じゅう雪に閉ざされて外出もままならない北国の人々は、忍耐を身につけるのかもしれない。

 雪が降っている。
 天空から舞い落ちてくる白い花片のように。

 古今和歌集に、こんな歌がある。

   冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあらむ
   (清原深養父・巻第六)

 雪を花にたとえ、雲のかなたに春を見た詩人(平安の貴族はみな詩人だったのだ)の思いは、千年の昔の心を鮮やかによみがえらせる。

 雪が降っている。
 天空から舞い落ちてくる白い花片のように。

 春は近い。あたたかい日には、その空気の中に春の気配を感じることができる。その気配が次々とイメージを呼び起こす。
 何が連想されるだろうか。
 高校受験の終わった日、雪のちらつく中を、開放感に満たされながら買い物に出かけたこと。
 雨上がりの、低く垂れ込めた雲の下、空気は澄んで、鮮やかに映える比叡の山々。
 春休みには必ず志摩へ旅行した、子どもの頃の自分。

 やがて雪は消え、梅が咲き、桜が咲くだろう。
 いずれにせよ、春は近い。

   春雨のあがりし庭に出てみれば人知らざれど梅の花咲く


これは ryecroft Advent Calendar 2018 11日目の記事です。