第八夜 チャイルドシューズ

 朝から降り出した雪は夕方まで降りつづき、辺りを雪国の情景へと一変させていた。店の駐車場にも十数センチの積雪があり、長尾と島中がせっせと雪かきをしているふりをしつつ雪合戦に熱中していた。昼過ぎに銀行へ出かけた店長は、銀行の営業時間が過ぎても戻らず、日が暮れても戻らず、閉店時間まで戻ってこないのは、もはや確実であった。雪の夜とあってか、客の入りはほとんどなかった。店内にはアルバイトの徳長が店番をしていた。

 徳長は大学に合格したばかりで、春休みだけ短期アルバイトとして働いているのだった。彼女は優れたアルバイターだったが、天然ボケをわずらっており、多発性天然ボケの島中と互角にわたりあっていた。

 雪かきは、けっこう体力を消耗する。しかも、道具といえば、木の板しかなかった。板しかないならいたしかたない、などと言いながら雪かきを始めた長尾だったが、疲労の割には効果が薄いことを知ると、不意に雪玉を島中に投げつけた。島中はただちに応戦した。夜空に曳光弾がきらめく対空砲火のように雪片が乱れ飛び、双方ともに手傷を負った。雪かきよりもはるかに疲れる雪合戦によって全身汗と雪まみれになった二人は、バックルームに駆け戻ると、しばしの休息を取った。徳長は店先で雪だるまをこしらえていた。

 やがて休憩を終えた長尾と島中は、徳長の作った雪だるまを一瞬のうちに破壊すると、かつてのアルバイター、インセクト野上の冥福を祈りつつ、雪で彼の墓標を作り、野上の愛用していた靴メーカーのステッカーを墓前に捧げた。

 そこへ待望の客があらわれた。中年女性の二人連れである。「いらっしゃいませ」と声をかけた島中だったが、相手が中国人であると分かると(彼女らは中国語を話していたのである)、ただちにNHKラジオ中国語講座入門編で習ったばかりの表現を使ってあいさつをした。接客程度の中国語はこなせる自信があったのであろうが、この過信が彼の命取りとなった。相手は島中が中国語を話せると思い込み、島中に向かって矢継ぎ早にまくしたてた。島中はひと言も理解できず、その場から逃げるように逃げ去った。

 次に入ってきたのは、2人の子どもを連れた女性だった。普通の親子連れだが、普通でなかったのは、女性の髪が金髪であったことである。親子は流暢な英語でやりとりをしていた。明らかにネイティブである。英語に自信のない長尾は、接客に向かおうかどうしようかと一瞬迷ったが、女性はさして時間もかけずに子ども達の靴を選び、レジに立った。長尾は子ども達に2つずつキャンディを与えた(そうするのがこの店のきまりであった)。それを見て母親は子ども達に言った。
「What do you say?」
 子ども達は長尾を見た。英語で「どういたしまして」は何というのだったかと一瞬身がまえた長尾にむかって、子ども達は声をそろえて言った。
「アリガトウ!!」

 閉店後、長尾が外へ出ると、果たしてキャンディが2つ、野上の墓前に供えられていた。長尾は思わず合掌した。雪が長尾のジャケットに当ってサラサラと音を立てた。


これは ryecroft Advent Calendar 2018 10日目の記事です。