第七夜 デッキシューズ

 年末になると、店にはスピードくじが用意される。お買い上げ一回ごとに1枚引いてもらい、その場で当選が分かるという三角くじである。たいていは宝くじと同じく空くじであるが、中には5,000円のシューズ券がもらえる当たりくじも入っているのだ。このくじを引く権利は店員にも平等に与えられていたので、彼らは社員割引で靴を安く買い、さらにくじを当ててシューズ券をも手に入れることに熱意を燃やしていた。奸智にたけた長尾は、店のコーナーにあるスポットライトでくじをすかせてみるという違法スレスレの荒技で当たりくじの発掘を続けていた。

 島中は、年末の大掃除ということで、店じゅうのガラスを磨いていた。彼はガラスを磨くことに無上の喜びを感じており、次々とガラスを磨き上げては陶酔感に浸っていた。彼はしばしば、
「自分の前世は中世ヨーロッパのガラス職人だったに違いない」
と語っていたが、誰も相手にしていなかった。彼の前世は、日によって吟遊詩人だったり哲学者だったり、実に多彩に変化するからである。

 安家は、店内に展示するクリスマスツリーを組み立てていた。もっと早めに準備しておくべきだったのだが、どこに片付けたのかが分からず、クリスマス当日の今日になってやっと発見されたのであった。安家は、持ち前のアバウトさで適当に組み立てては失敗し、また組み立てては失敗するという作業を朝から延々と繰り返していたが、ようやく完成の一歩手前までこぎつけていた。

 やがてツリーが完成し、電飾を灯そうと安家がコンセントを探し始めたとき、一人の若い男性が入ってくると、デッキシューズを物色し始めた。彼は、ひじょうに古ぼけてヨレヨレになった、年代物ともいうべきデッキシューズを履いていた。男はしばらく陳列された商品を鋭い目つきで眺めたあと、自分の履いているものとよく似たデッキシューズを選んで買っていった。

 支払いを済ませた男が店から出ようと歩き出したとき、男の背後でパタンという奇妙な音がした。見ると、防臭マットのようなものが落ちている。その場に居合わせたものは、誰もがその男が落としたのだろうと考えた。男も気がついて振り返った。長尾は彼に渡そうとそれを拾い上げた。
 だがそれは防臭マットではなく、なんと男の履いていたデッキシューズの片方の靴底であった。主人が新しい靴を買ったのを見届け、自分の役目は終わったのだと、ついに力つきたのだ。それは、感動的といってもよい光景であった。マラトンの戦いの勝利を伝えるためにアテネまでの42キロを走り抜き、そこで力つきて倒れた勇者の話を彷彿とさせるような、何かしら人の心を打つものがあった。その男は恥ずかしそうに靴底を受け取ると、店を出て行った。店員一同は感動の嵐に呆然と立ち尽くし、涙を流すものさえいた(ウソ)。

 クリスマスツリーの電飾をつけ忘れていることに皆が気づいたのは、店が閉まってからであった。


これは ryecroft Advent Calendar 2018 9日目の記事です。