第五夜 トレッキングシューズ

 はじめて出会ったのは、本屋で雑誌を立ち読みしたついでに、隣の靴屋に入ったときだった。今までこんなことはなかったのに、一目見た瞬間から、僕の心は君にすっかり占領されてしまった。僕は君の姿を忘れることができなくなってしまったのだ。

「あの人、また来てるよ」
 堀が不審そうな表情をして田山にささやきかけた。
「誰かさんに一目惚れ?」
 堀を横目で見つつ、田山が思わせぶりな口調で言った。
「看板娘に一目惚れってやつね」
 早瀬も田山に同調した。堀は即座に否定した。
「今時そんな人いないって。安っぽいテレビドラマじゃあるまいし」

 まったく、安っぽいテレビドラマみたいで、自分でも苦笑を禁じ得ない。いったい僕の心はどうしてしまったのだろう。眠っていても君の姿がまぶたの裏にちらつく。目覚めているときは、君の姿を見たくて、いてもたってもいられなくなる。けれども僕にはお金がない。今時めずらしいくらいの貧乏学生なのだ。だから、今日も君を一目みるためだけにやってきた。店員にも変に思われているだろうな。

「また来てる。ちょっと気持ち悪い」
 堀がささやいた。
「ここんとこ毎日よね」
 田山がなかばあきれてうなづいた。
「よっぽどご執心なのね」
 早瀬が感心したようにつぶやいた。

 田舎からの仕送りが届いた。どんなにこの日を待ちわびたことか。僕は店に急いだ。ところが、一体どうしたことだろう。店の中を見渡しても、どこにも君の姿がないなんて。僕は勇気を出して店員に尋ねてみた。
「あの、ここに置いてあったトレッキングシューズ、どこにいきましたか。あの、白地に金のラインの入った…」
「ああ、あれなら昨日の夜に売れてしまいましたよ」
 少し太った愛想のよさそうな店員がすまなそうに答えた。
 僕は気を失いそうだった。一足違いで、君は誰かほかの男のものになってしまったのだ。僕はよろめくようにそこから立ち去った。


これは ryecroft Advent Calendar 2018 6日目の記事です。